Italian Restaurant Baser メインイメージ

銀楊は盛岡市本宮二丁目にある。平成七年都市計画区画整理事業が行われる以前は、ここら辺を並柳と呼んでいた。雫石川の流域であり、北上川に合流するところでもある。雫石川は有名な暴れ川で、つい最近まで、時々、川が氾濫し、広い流域一帯が大洪水の被害にあったと聞いている。今は市街化のため地中に埋められてしまったが、一帯は田園で中小の用水路が迂回して流れていた。いやに柳の木が多いなあと思った。並柳の地名もきっとこんなことに起因するものではなかろうか。
 楊はカワヤナギ、柳はシダレヤナギのことである。楊柳なる言葉もある。施設の名称を、シルバーは老人の意味もあるので銀を頭につけ、昔の並柳の風景に因縁付けて「銀楊」とすることにした。銀楊が生まれた所以である。

 宮澤賢治の作品の中に「ぎんどろ」が出てくる。賢治がぎんどろを好んだことは有名で、葉裏に銀粉様の白毛が密生していて、風に吹かれると緑と白の葉が一斉に煌く雰囲気を賢治はたまらなく好きだったらしい。
 ぎんどろは学名をギンドロヤナギといい、明治の初め、北欧から輸入された。「どろの木」は白楊と書いてどろと読む。ドロヤナギのことである。寒地に自生する。ポプラを白楊とあてて書くこともある。これらはみんな同属である。極めて近い関係にある。
要するにぎんどろは銀白楊とかいてもいいのではないか。

 三十三観音のひとつ、楊柳観音は右手に柳の枝を左手に施無畏の印を結ぶ薬王観音の姿である、慈悲深く衆生の願望に答える観音である。銀楊は楊柳観音を心とする施設でありたい。

平成六年三月、医療法人久遠会を設立し、鎌田内科クリニックを、法人組織とした。久遠とは、時の無穹の意で私の好きな言葉である。平成八年に老人保健施設銀楊を設立した。久遠会は鎌田内科クリニックと銀楊を運営するものである。

前理事長 鎌田 貢